板尾創路の辞書に『スベリ芸』の文字はない



10 日放送のフジ系「 HEY!HEY!HEY! 」に出演していた板尾創路が、「ごっつええ感じ」での人気キャラクター「シンガー板尾」よ再び、とばかりに即興の歌『松本さん』を披露していた。


この日の板尾の出番は、まず自身のミニアルバム収録の新曲「砂渡し爺」の歌詞を解説することから始まって、次に「砂渡し爺」のスタジオでの歌披露 VTR をダウンタウンと共に鑑賞、そしてかつての「シンガー板尾」の名場面を見たあげく、「それでは今日も板尾さんに即興の歌を披露していただきましょう」となった。


もちろん板尾本人には事前になにがしか伝えられているだろうし心の準備もしていたのだろうが、こういうのは今のバラエティ番組では出演者にとってかなりの驚異と不安をもって迎えられるべき展開に違いない。

というのはすなわちお笑い芸人なりタレントなりが即興でなにか芸事を試してみて、あげく笑いが取れるなど成功を収めるケースが、現状ほとんど無いからだ。


視聴者にはいくつかのキーワードが既に刷り込まれている。

いわく、主に番組内でのポジションが上位の司会者やスタッフなどから、主に「失敗することを前提とした」かなり無謀な「ふり」を与えられることが『むちゃぶり』。

またなにがしかの芸をスタートさせる前にそのタレントを過大評価するような雰囲気が形成されることは『ハードルがあがる』。ふだん滅多に出ない番組なりステージであればその場は『アウェイ』だ。

その芸がおもしろいかつまらないかは司会者の『匙加減ひとつ』であり、それが「失敗」したという判定が下されれば当該タレントは『ケガをする』。


で、それら一連の展開をすべて引っくるめた呼称を『スベリ芸』と人は言う。

わかりやすく具体的に名前を出してしまうと、順不同でますだおかだ岡田圭右とか村上ショージとか品川庄司庄司智春とかにしおかすみことか小島よしおとか髭男爵の山田ルイ 53 世とかペナルティのワッキーだとか、いっぱいいる。

そこでは本人の正当な実力評価はいったん棚上げされる。あとは自ら進んで『スベる』か、もしくは不本意に『スベらされる』。その結果が『スベリ芸』。

それが結果として笑えるか笑えないかは時と場合によるし、そもそも『スベリ芸』それ自体の功罪も突き詰めていけばいろいろあるのだろうけど、そこはひとまずほっとく。


本題は板尾創路だ。

HEY!HEY!HEY! 」初登場。いわゆる『ホーム』とは言い切れず、かといってダウンタウンがいる手前『アウェイ』でもない微妙な場で、「即興で歌ってくれ」と請願されて、スタジオからは万雷の拍手が沸き起こる。

他の誰でもない板尾創路だからこそ即興歌を歓迎されている部分はあるものの、そんな板尾の立場を昨今の『スベリ芸』の文脈と重ねると、とにかくたいへんな重圧だ。そんなものは『むちゃぶり』だし、『ハードルがあがってる』うえに『ケガをする』可能性が高い。


イマジン、想像してみたい。

もしも板尾以外の芸人に対して「即興で歌いなさい」とふってみたら。

ますだおかだ岡田は♪チュゥ!出ました!! とか最初はテンション高いもののやがて閉店ガラガラと自滅。小島よしおはおもしろげな顔と素っ頓狂な声を出して歌い出したはいいが最終的には尻すぼみになって挙動不審。にしおかすみこは中途半端にギャグっぽい歌詞を口走ってもウケないと間髪入れずに『ほらー!』とまるで周囲のせい。髭男爵山田ルイ 53 世はひぐち君と盃を交わして「スベっとるやないか〜い!」

と、こんな感じが 2008 年の『スベリ芸』の現状でしょう。みんな本来は実力がある人たちなんだろうけど周囲との関係性など状況次第でいとも簡単にスベってしまう。


話を戻して、ダウンタウンからの指名を受けた松田聖子が、即興歌のお題を発表するくだり。ちょっと悩んだあげくお題は『松本さん』になった。「松本・・・」と呼び捨てで言いかけて、慌てて「松本・・・さん」と敬称がくっついた。まんま松本人志のことだ。

かつて「海開き」や「草履」などの曖昧なテーマから想像の翼を広げまくって後世に名を残す即興歌をリリースした板尾からしてみると、あまりにも身近な固有名詞が出てきたのはどうだったろう。容易にいじくりやすい反面、イメージの幅が狭まって窮屈な歌になってしまいそうではある。


「松本・・・さんのほうでいいですか」


敬称がついてるかついてないかで内容が大きく変わるというのか、板尾は松田聖子にお題について『松本』ではなくあくまで『松本さん』でいいのか、と最終確認を取りながら、ソファから立ち上がった。


浜田「困ってんの?」
板尾「いやいや」
松本「でも意外と立つのが速かった。勝算アリなんだと思いますよ」


などのやりとりも挟みつつ。

まるでカラオケで自分の順番になってイントロが流れ始め、あとは曲が始まるのを待つばかり、みたいな風情で、板尾は両手でマイクを持って、ポーカーフェイスで立っている。


浜田「それでは歌っていただきましょう。板尾創路さんで『松本さん』」

どす黒い あなた

どす黒く 生きている


冬の日本海

あなたの地元じゃないよ


言い訳などひとつもない。

お題を言い渡されて、ちょっと悩んで、でもすぐに腹を決めて、起立して、歌を歌って、浜田に「なんやねん!」と軽くつっこまれて、きっちり笑いを取って、松田聖子の爆笑がアップで画面に映し出されて、そのままの最高潮の勢いで番組は次のコーナーへと切り替わった。

たとえ『むちゃぶり』だろうが、『ハードル上が』ろうが、『アウェイ』だろうが、そんなものは板尾にとってまったく関係がなかった。自らの即興歌を『スベリ芸』に安易に落とし込むことなく、淡々と、しかしストレートに笑わせて、帰ってゆく。そして今日もまた「板尾日記」を書くのである。


板尾創路の辞書に『スベリ芸』の文字はない。