吉木りささんヒロイン舞台の余韻にひたる

12月9日(金)と10日(土)、東京・新宿シアターサンモールで行われた吉木りささん出演舞台「WORLD's@END-Flyby:You(ワールズエンドフライバイユー)」に足を運びました。
当初はお気楽に「一度くらい観られればいいかな」と思っていたのですが、いざ鑑賞したところ予想以上に涙腺をぐりぐり刺激されてしまい「これはもう一度観なきゃ」ってことになって、翌日も当日券で入場することに。
たまに軽妙なギャグを挟みながらも、全体的には圧倒的に悲しい舞台。しかし音響や照明が超しっかりしていた上に暗転などで妙にダレるような不自然な部分が一瞬たりともなく、いい意味で大時代的な殺陣にもやたら迫力があって、結果ものすごい満足感に浸りました。
そしてなによりこれが本題なのですが、ヒロイン・那由多(なゆた)役を務めた吉木さんの演技が、ほんとにすごかった。驚いた。おべんちゃらとか太鼓持ちとかでは全然なくって、吉木さんが関わった多くの場面で泣きすぎた。だいぶオエッってなりました。


この芝居「ワールズエンドフライバイユー」は、かつて大惨事を巻き起こしたJR福知山線脱線事故をモチーフとしたもの。公演チラシなど事前情報ではこのことに触れられていませんが、ストーリーが進むにつれて少しずつ具体的なことが詳らかにされてゆきます。

「応答願います、応答願います……。私の周回軌道上にいるあなた。……光を放り投げても、距離を失いそうな暗闇に、私はいました」


開演と同時に、吉木さんがたったひとりで舞台に登場します。誰かに静かに呼びかけている謎のセリフが、次第に力強さを増して、その場を支配する。緊迫感の中、その厳かなひとり語りが芝居の始まりを告げます。

那由多こと吉木さんはこの舞台で、シチュエーションやニュアンスを変えて、この同じセリフを何度も叫ぶことになる。正直、最初見たときはよく意味がわからず「吉木さん大丈夫かな。セリフ噛まないで欲しいな」などと多少浮ついた気持ちで舞台を見守るだけでした。

しかし1回目の終盤におおよそ把握したため、2回目では吉木さんのセリフに秘められた意味が一言一句くっきりとした輪郭を伴って、胸に染みこんできたのです。もうたまりません。

BUMP OF CHICKENの楽曲「flyby」の世界観もこの芝居のモチーフなのだろうと思っています。「flyby」とは天文学の専門用語で、宇宙船や探査衛星などが天体に接近し、通過していくこと。吉木さんもセリフで言っていた惑星探査機ボイジャーカッシーニは、太陽系の惑星探査というミッションを終えても決して地球に帰ってくることはなく、そのままどこまでも飛び続けていく、といいます。


ヒロインの吉木さん=那由多に想いを寄せる主人公は、俳優・若宮亮演じる大学生・ハジメ。彼は幼なじみの那由他を「脱線事故で亡くし」、さらに「那由多は自分のせいで亡くなった」と思い込んでいる。後遺症(PTSD)も発症。その混乱、苦悩、激しい自責。ハジメはオンラインゲームを用いた新型セラピーを受けながら、現実世界とオンライン上の仮想空間を彷徨い、どこにもいないはずの那由多の影を追い続ける。

ところが終盤、明らかにされるのは、そんなハジメが“実はもうこの世にはいない”ことでした。PTSDも、オンラインゲーム上を彷徨うさまも、すべて那由他が昏睡状態に陥っている最中、その頭の中で描かれたもの。この舞台で起きたことは那由多の夢。ハジメではなく那由多こそが、脱線事故の数少ない生き残りだった。物語は一気にオセロの白黒が入れ替わる。

ハジメという幼なじみを失った彼女もまた、自分だけ生き残ったことに絶望し、苦しみ、ついには自殺未遂を起こしていた。2日間の昏睡状態に陥り、生死の境目をたゆたう那由多の見たひとときの夢が、観る者の心にそれぞれの像を結んでいた、というわけだったのです。


物語は、那由多とハジメの回想シーンに自然と移行。

那由他ハジメが、大学に入学したばかりの頃、星空の下、どこかの浜辺でクルクル表情を変えながらはしゃいでいる様子。青春のささやかな明るい一幕。ましてやお互いの間には、ほのかな恋心がとっくに芽生えていたりもしている。

「応答願います♪ 応答願います♪」


この茶目っ気たっぷりの回想シーンで那由多が言い放ったセリフは、オープニングから幾度となく繰り返されたセリフそのもの。このときはまだ、幼なじみだからこそわかりあえる、たった2人にだけ通じ合う、単なる楽しいお戯れでしかありませんでした。しかしその後にふたりが迎えるあまりに残酷な結末が予感された途端、こんな何気ないシーンでさえ、むしろ何気ないシーンだからこそ、せつなすぎて仕方がない。


そして物語上の時間軸は、仮想現実もリアルな世界も一気に巻き込んで、すべてがその一瞬に漂着します。形容しがたい轟音。イメージの中にかすむ惨事。決して直接的な現場の様子は描かれていないけれど、想像力の外堀を埋めるように、当時よく報道されたあの光景がまぶたの裏に映し出される。目を塞ぎたくなる場面です。


静寂の中、那由多は、横たわって動かないハジメにそっと寄り添う。未来にのんきな希望をつなげたまま、ほんのり恋もしながら、でもお互いにすれ違いが生じ始めてもいた。もちろんそんなすれ違いさえ、すぐに仲直りで解決しちゃうことは予感されていた。他愛もない間柄だけど、お互いがお互いのことを、かけがえのない存在だと誰よりも感じていた。

しかしすべての可能性を一瞬で打ち砕いたのが、その出来事。那由多にとっては世界の終わりにも等しく、あのときのように「応答願います、応答願います……」といくら呼びかけても、ハジメが応えてくれることは、もう二度とない。

「……ハジメちゃん……死んじゃやだよ……」


今にも消え入りそうで、幼さも残した、那由多の憂い声。

もうこれ見てるほうはボロ泣きです。そしてそこにいるのは那由多であって、すでに吉木さんではなかった。


これまで「キャンパスナイトフジ」最終回や「劇団サンバカーニバル」のラスト登場回で、平素ニコニコしっぱなしの吉木さんの感情が昂っているのを見て、もらい泣きしそうになったことは何度かありました。

吉木さんにとって番組やレギュラー出演の終了はリアルな一大事。他方、お芝居は言うなれば虚構だと思うんです。台本を読み込み、稽古を重ね、演出家の指導を仰ぎながら何度も何度も繰り返してきた演技。作りごと。

とはいえ、他人の喜びを素直に喜び、他人の悲しみを真剣に悲しむことができる吉木さん。その芝居にはまるでウソがないように感じられます。実際に起きた凄絶な事故をモチーフにしていることもあり、単なる絵空事とも到底思われず、吉木さんは那由多と自らの心情をシンクロさせ、迫真のヒロイン像を完成させたのだと思っています。


ラストシーンでは、生命の危機から生還し、夢から醒めた那由他が、しっかり前を見据えて凛々しく舞台を締めくくります。脚本家を志していたものの、なかなか書くことが見つからなかった那由多の、前向きな独白。

「私は、私の弱さを書きます。私のことを支えてくれる温かな光を書きます。シンプルな別れの話。涙止まらなくても、涙止まらなくても、意志のある、希望のお話を」


苛烈な状況に置かれてもなお人間は生きてさえいれば、ほんの一筋でも光明を見出すことができる。

由他のたたずまい、説得力を借りて、脚本家の方がこの話で伝えたかったメッセージが、最後に凝縮されていたようです。ささやかな希望に溢れたラストシーン。オープニングに続いてただひとり屹立する吉木さんの姿を客席から頼もしく見あげながら、「こんな素敵な役や脚本に出会えて本当によかったね吉木さん……」といった感慨に、ひどく胸を焦がされました。

最新DVD「神降臨 セキララ*彼女 番外篇」はいよいよ12月18日に発売。こちらもまた吉木さんの本気。