漫画家・井上雄彦の「野球」というルーツ


井上雄彦が小 6 のときに描いたという野球絵


15 日放送の NHK 総合「プロフェッショナル 仕事の流儀」は、「スラムダンク」「バガボンド」の漫画家・井上雄彦を取りあげた拡大版でした。

一年間におよぶ密着取材とスタジオでのインタビューからなる構成。ギリギリに切羽つまった緊張感を漂わせる姿や、ディープな心理状態を吐露する口ぶりなどに、すっかり魅了されました。


ところで今の現役世代の男性には「スポーツといえば野球」という環境で育った人が多いです。

そのせいなのか、仕事の話をするときなど、やれ「会社のための犠牲バント」だの「おまえの働きぶりはボーク」だの「野球はツーアウトからだ。仕事だって同じだろ?」だのと、二言目には「野球」にたとえてモノを言う人が目立つ気がします。島田紳助なんかしょっちゅう言ってるイメージです。


現在 42 歳の井上雄彦にとってゆかりのあるスポーツといえば圧倒的にバスケットボールってことになると思います。代表作「スラムダンク」はそのものだし、この番組内でも上半身裸になりながら一人でバスケをしている姿がカメラに収められてました。

これまでの作品にしろ本人の素性にしろ、「野球」と結びつくイメージは、ほとんど無かったような気がします。

そんな井上雄彦ですが、今回たとえ話をするときに、野球と結びつけた発言をしていました。ほんのちょっとしたことなんですけど、いくらバスケの人でもやっぱりそうなっちゃうんだなぁ、と思いました。


MC の茂木健一郎NHK 住吉アナと井上雄彦が対面したスタジオ。

セリフやコマ割りなどのベースとなる「ネーム」作成にあたるときの井上雄彦の、「喫茶店を渡り歩いて描く」という仕事法にまつわるインタビューです。

茂木:漫画を描く中で「ネーム」というのはいちばん難しい所なんですか?
井上:ほとんどそれで決まると言っても良いと思いますけど
やっぱり漫画の「骨」になる部分なんで
もうそこがダメだったら、どんなに絵を頑張ってもダメでしょうね、きっと
茂木:なぜネーム作りを喫茶店でやるんですか?
井上:あのー、弱いじゃないですか、人は(笑
自分の家とか事務所とかでは
自分のスペースなのでラクしちゃうじゃないですか


で、もう喫茶店とか入って
「ここで 2 時間なら 2 時間、何ページ絶対やるぞ」って決めて
そこに追い込んでやらないと、やんないんで

(中略)

住吉アナ:決まってるんですか? いくつか行く…
井上:行く店はだいたい決まってますね
住吉アナ:( VTR の中では)何件か違うところに行ってらしたんですけど
井上:はい、いやもう何件も、十何件とかあるんですけどそれをローテーションして


やっぱり店によってこう
『四番打者』とか『一番バッター』とか
まずはここに行ってちょっとスタートして


本当に大事なところを作る時とか
「出来ねーなー」って言う時は
『エース』の店に行こうみたいな感じ(笑


でもエースをちょっと多用し過ぎて
エースがエースで無くなっちゃってきてるんで
また新しいエースを探さないといけないんですけど


もちろん「エース」は野球だけじゃなくスポーツ全般に用いられる言葉なんですが、ネームの作成に必要な喫茶店めぐりを語るとき、その店ごとに「四番打者」や「エース」などと位置づけているというのは、どこか根底に「野球」への意識があるからこそなんだろうな、って思いました。

「話として伝わりやすい」のもあるんでしょうけどね。

また、いくら井上雄彦がバスケの普及にかなりの貢献をしてきた人といえ、たとえば

「お店によってこう、ポイントガード的な司令塔の役割を果たしてもらうこともあって…」

とか

「ここ一番のときにはゴール下のセンターに任せたくなるんですよ…」

などと言われてても今ひとつピンときませんし、「やはりバスケか…」と逆にワザとらしい感じになりそうです。


また漫画家としては、少年時代に読んだ「ドカベン」の影響を受けている、という話がありました。


・井上の半生を語った番組ナレーション

ある日、井上は運命的な出逢いをする。

漫画「ドカベン」。

登場人物が生身の人間のようにイキイキと描かれていた。

自分もいつかこんな漫画を描いてみたい。

夢中になって模写をし、自分でキャラクターを作った。

井上雄彦水島新司作「ドカベン」と出逢ったことをきっかけに野球漫画を描いたというのです。

どれほど本格的な作品かは番組からは知り得ませんでしたが、小学校 6 年生の時に描いた野球絵からは、その非凡な才能がうかがえます。


「もしバガボンドの連載を終えたあとの井上雄彦がガチで野球漫画を描いたら、どんな感じになるだろうか?」

などという無責任な夢想をしています。案外ハマるんじゃないかと。