吉木りささんソロシングル「Destin Histoire」の命運

3月2日にyoshiki*lisa吉木りさ)さんのCDシングル「Destin Histoire(ディスタン・イストワール)」が発売された。
2008年12月に坂本冬美のカバー夜桜お七」でCDデビューして以来、吉木さんソロ名義では約2年3ヶ月ぶりのシングル。途中にキャンパスナイターズとしての曲を挟んだりもしたけど、やはりソロでの活動というのは格別に違いない。
この曲はテレビ東京系アニメ「GOSICK」主題歌で、アニメ好きを公言してやまない吉木さんにとって最高の晴れ舞台。カップリング「限りある世界で」とともにオリジナルの新曲だというのもまた誇らしい。
一連の「GOSICK」プロジェクトはどうやらプロモーションが盛大に執り行なわれている印象で、既にいくつかのイベントやライブで吉木さんは「Destin Histoire」を披露している。生バンドを従えたりもするなど本格志向。今後インストアイベントの予定もいくつかあるし、ともすればテレビ歌番組の出演だって期待できそうだ。
「Destin Histoire」は3月1日付けのオリコンデイリーチャートで14位にランクインしているという。なにがめでたいって、ある程度の結果を残すことで今後の継続的な活動につながるであろうことが、なによりめでたい。
アニメ主題歌だから、というイメージもあるおかげか、このシングルでの「yoshiki*lisa」にはグラビアアイドルとしての面影がまったく感じられない。セクシー路線の衣装で歌ったり踊ったりするアイドルもいるし、そういうのも眼福なのだけれど、yoshiki*lisaは基本的に服ずっと着っぱなし。あたかも「GOSICK」の世界観を踏襲するように、おごそかで高貴なビジュアルイメージをひたすら貫いている。


「Destin Historie」は骨格がしっかりしていながらも疾走感が尋常じゃなく、まるで短距離ランナーのようにとてつもないスピードで駆け抜ける曲。かと思えば途中でテンポが変わったりと、展開もある。
民謡や演歌を通ってきた昭和魂の持ち主である吉木さんは、この曲のジャンルについて「ポップス」と公言。その「ポップス」という若干古めかしいようで生真面目な言い回しが妙に可笑しい。曲調的には中川翔子しょこたんのヒット曲「空色デイズ」にどことなく感触が似ていて、現代風アニソンとしての存在感は抜群にある。
おこがましいけど吉木さんの歌、やっぱりうまいし、声も抜群にいい。AメロBメロあたりはおそらくレコーディングのときに行われた指導の成果で音程に忠実、かつそのぶん平穏無事でアンドロイド的な歌唱が徹底されている。ビブラートもだいぶ抑制された様子。一説によると民謡ではそもそもビブラートをあまり使わないという話で、吉木さんの中では「Destin Historie」と民謡はひそかに音楽的に地続きなんじゃないかと思う。


カップリングの「限りある世界で」は骨っぽいバラード。おそらくノンタイアップとはいえ、いい曲がもらえた。

吉木さんも自分でパワープレイしているという。
この曲ではエンディング付近のファルセットに超びっくりした。吉木さんは常々、東京事変(≒椎名林檎)の音楽が好きだと公言している。で、ほんの一瞬、この曲で吉木さんが披露するファルセットが、椎名林檎の声に確実に似ているのだ。吐息の中にひそむ近寄りがたいほどの艶めかしさ。吉木さんのこんな声、今まで聴いたことなかった。個人的にも「無罪モラトリアム」や「勝訴ストリップ」を聴いていた大学時代にタイプスリップさせられるようだ。
また「Destin Historie」も「限りある世界で」も、歌詞カードのクレジットを見ると、「Vocal and Chorus:yoshiki*lisa」と記載されている。これは、ボーカルのみならずコーラスもきっちり吉木さんの声で収録されている、ということ。そう思うと、より重層的にボーカルを楽しめる。ヘッドフォンで耳を凝らしたりできる。


初回限定生産盤にはDVDが封入。
いつもの水着グラビアのセクシーな映像……とかはまったくなく「Destin Historie」のプロモーションビデオや吉木さんへのインタビュー、PVのメイキングなどが収録されている。
GOSICK」の世界にも共通するようなシックな洋館の中で衣装やシチュエーションを変えて歌う吉木さん。特にアニメやCGっぽい技巧が凝らされているわけでもなければ、特にイメージビデオ的な方向にも寄せていない。まじめに真顔。ふざけていない。
後半、壁にもたれかかりながら空を見上げて歌っているアングルが、なんとなく一番好きだ。


メイキング映像では、ふだんどおり吉木さんが朗らかかつ天真爛漫極まりない立ち振る舞いを見せてくれるのだけど、「ニューシングルのPVだ!」という先入観があるせいか、とりわけいっそう晴れがましいような印象。少なくとも歌手冥利につきる現場ではあると思う。スタッフとおぼしき人たちひとりひとりに弁当を取りわけるなど、吉木さんの細やかな気配りに、またやられてしまう。
インタビューでは、小学生の頃にお姉さんから薦められたというBLをはじめ、マンガ、アニメについてたっぷりと語られている。このあたりの話題に関しては相変わらずイキイキとして、いっそう饒舌だ。
そんなインタビューの最後。「どんな歌手になりたいですか?」との問いに、吉木さんはこう答えた。

やっぱり憧れは水樹奈々さん

声優もできて、歌も歌えて、マルチにできる人って魅力的。水樹さんを見習って表現力のある歌手になれたら――吉木さんはそう目を輝かせる。
これまでにも吉木さんは、美空ひばり柴咲コウなど、憧れの人物を口にしてきた。水樹奈々の名前がその口から出てくるのは個人的には初めて聞いた。なるほど、民謡、演歌のボーカル技術を土台に、今ではポップスまで柔軟に幅広く歌える。醸し出す雰囲気もどことなく似ている。そしてアニメとの関わり。吉木さん本人も「やっぱり」と言うように、やっぱり水樹奈々を意識する部分はあったのだ。


それでも吉木さんは吉木さんでしかない。
たしかな芸能の実力とふわふわした魅力。グラビア仕事で見せるとてつもない妖艶さと、末っ子気質な無邪気さのアンビバレンツ。複層的なタレント性を兼ね備えたまま、高みを目標に見据えて、いったいどこまで辿り着くことができるのだろう、と考える。
ドームライブとか実現しちゃうと存在があんまり遠くなりすぎるなー、それはヤダなー、というわがままな空想に悩みながら、いずれ吉木さんが後輩から憧れられるようなスターさんになれば、それは明るくて健全な未来だよね、と思っている。