爆笑問題と浦沢直樹の「実はサブ」対談

5日にNHK総合で放送された「爆笑問題のニッポンの教養」。漫画家・浦沢直樹が登場した回が、やっぱり面白かったです。

ちなみに再放送で、2009年9月8日に一度既に放送されています。そのときも見てました。この対談じゃなきゃ出てこないような発言が連発。部分部分かいつまんでテキスト化してみます。

ちなみにNHK公式サイトにも対談の内容や、当人達の対談後の感想、担当スタッフの観戦後期などありました。そちらも併せてどうぞ。


・「ゾーン」に入って身体を壊す

浦沢 みんな(アシスタント)に描いた原稿を渡すときにね、ほとんど下書きの線が見えないやつがあるの。なんでかっていうと、鉛筆の段階で「ミスの線」がないわけ。下書きの「迷い線」がないの。そういうときがたまにあるんですよ
田中 「ゾーン」に入ったようなもんですよね、スポーツで言ったら
浦沢 そうすると、頭で思った映像が、どんどんどんどん右手を伝わって出てくるんですよ。「今、漫画の神様おりてきちゃってるよ」なんていう。で、グーッと描いてるんだけど、わわわわ、すごいすごいすごいすごい、って思ってたら、翌日ものすごい具合が悪くなったりする。
田中 えーッ!
浦沢 だからもう限界のピリッピリ行っちゃってるんですね
太田 すごいね
田中 もう集中力とか、あとなんか脳の分泌液だかで、ガーって行っちゃう
浦沢 肩壊しちゃったりとか
太田 肩壊しちゃったり(笑)
田中 肩壊すってすごいですよね
浦沢 右手をこう自由に動かすために、ここ(上半身の胸あたり)を固めてるんで
田中 ひずみがくるんですね
浦沢 ここ(左肩)を脱臼しちゃったの
田中 脱臼!
浦沢 そういうときにね、まぁーいい絵が次から次から出る出る。危ないのそういうとき

ウーチャカはこういう話が大好きそうです


・浦沢が好きな漫画は売れない

田中 23歳で漫画家デビュー、っていうことは、それまで学生の頃とかも漫画家になりたくてずっと描いてたんですか?
浦沢 いや、(漫画家に)なりたい気持ちはなかったですよ
田中 なかったんですか?
浦沢 うん。なんでなりたくなかったかっていうとね、好きな漫画が、だいたい売れてない漫画なのよ
田中 好きな漫画、売れてないんですか
浦沢 だいたい売れてない。そうすると、自分もそういう道に入っていくと、きっとこういう売れないものつくっちゃうんだろうな、っていうのがあって。なんとなくこう不幸が待ってるような感じがして(笑)
太田 どういう漫画が好きだったんですか? 売れない漫画ってのは
浦沢 永島慎二さんの「フーテン」とか。「漫画家残酷物語」とかね
田中 すごいっすね 
浦沢 あと山上たつひこさんの「がきデカ」描く前のね
太田 描く前の?
浦沢 「光る風」ですよ。これが問題作。いわゆる“近未来軍事政権もの”みたいな
太田 そんなのあったんですか
田中 そういう作品なんですか。ギャグでもなんでもなく?
浦沢 もう暗い。今読んでもちょっと衝撃強すぎる

「光る風」。これですね。こういう必ずしも世間ウケしていない漫画を好むような人が、もっとも売れる漫画を描くようになった


・手塚寸評

太田 (上記のような漫画は)やっぱり手塚作品がまず元にあって、それに対してちょっとマニアックな……っていう感じで好きになったんですか?
浦沢 手塚作品っていうのは、もともとそういう(マニアックな)のを内包しているものだったんです。で、本来手塚という人間が持っているマイナー性みたいなものを飛び越えたメジャーなものになっちゃったんで

太田は手塚作品をメジャーなものと仮定。しかし浦沢はマイナー性という意味では同根だと


・偉大すぎる先人のジレンマ

浦沢 中学の時に「火の鳥」読んだんですよ。そしたらね、ビックリしちゃったの。「なんだこれ」って。読み終わったときに縁側でボーッとしてたの。ふと気づいたら夕暮れになってたんだもん。昼間読んでて
太田 カルチャーショックみたいな
浦沢 「こんなすごいものを描く人が世の中にいるんだ」と思ったのね
田中 手塚治虫さんの、昔のね、こないだドキュメンタリーで我々も見させてもらったりして当時の
太田 手塚さんは異常ですよ
田中 考えられないじゃないですか。週間で何本もやって
太田 プラス、アニメもやってるからね
田中 ああいうのって、なんなんですか。アシスタントさんがいるとかいないとかの問題じゃない
浦沢 相当自分で描いてます
太田 車の中で描いてた
浦沢 あれはもう完全に「負けず嫌い」ですよね。あとは「自分が一番面白い」っていう、その、プライドね。これはすごいですよ
田中 そりゃどの世界にも、たとえばお笑いだってそうじゃん。自分が一番面白いと思って、まぁ負けないぞみたいなね
太田 オレなんかお笑いやってると、どうしてもビートたけしっていう人が……。まぁオレらデビュー当時「ツービートに似てるね」なんてよく言われて。そりゃそうなんです、影響をモロ受けているわけです。で、発言やなにかっていうのは、どうしても亜流になっちゃう自分がいて、すごくイヤなわけですよね。イヤだけけれども、そこから抜けられない。っていうのは、そこがきっかけになっちゃってるから。で、「あいつ早く死んでくれないかな」
田中 なんだそりゃ(笑)
太田 ……とかっていうことをラジオで言って、また問題になったりするんですけど。正直いなけりゃ。でも、いなければ今のオレはいないんだけど、どうすりゃいいのよこれ! っていう。いつまで経ってもね、その人に「なれない」。っていうか「それを覆せないとオレやってる意味ないじゃん」って思ったりして、すごく虚しくなったりするんですけど。漫画界にとっては手塚治虫って、まさにその位置にいるわけじゃないですか
浦沢 ぼくもずいぶんね、悩んだことあるんですよ、同じようなね。本当になにやっても、それこそね、「これは新しいな」って思って描いてみる。それで、たまに手塚先生のをパッと見ると「うわ、ここに描いてある!」って。そればっかりなんです
太田 まいっちゃいますよね
田中 それはつらいっすね
太田 ものを作ろうって人はずーっとたぶん
浦沢 ジレンマで
太田 宿命
浦沢 それはお釈迦様の手の中で孫悟空が飛んでるとか、ああいう感じですよ

なにかモノ作ってる人の根源的で普遍的な話。偉大すぎる先人を目指してやってるんだけど、だからこそ、そこを乗り越えられないであろうことに悩みが生じる。この対話の中では最終的に「次の若い世代に語り継ぐしかない」という結論に至っているのですが、でもそうなると「覆せないとオレやってる意味ないじゃん」という自己否定は消えない気がします


・漫画から映像に進出するのを出世魚みたいに言わないで

太田 物足りなくなるんじゃないか、っていう気がするんだよね、このジャンル
浦沢 あ、漫画?
太田 うん
浦沢 あー、そうか。物足りなくなってないのはすごいね、考えてみたら
太田 (中略)オレは世間から「漫才師だろう」って言われるわけですよ。ところがみんなが思ってるほど漫才を好きじゃない。漫才でやれることなんて、まぁそこだけに本腰入れたらどんだけのことができるかは試してませんけど、それでやろうとも思わない。ましてやこういう番組での対談とか、文章書く、ラジオでやる。いちいちここ(漫才)にこだわって、じゃあ他を捨てるか、っていうと、それももったいないような気がするわけですよね。
だから、先生くらいになると、いろいろな発想が出るわけじゃない? 「アニメ」ってのは近いところにありますよね。手塚さんはアニメにいった。この単行本や雑誌、っていうところじゃ、もう、ちょっとこう……
浦沢 あのね、映像に乗り出すとさ、「出世魚」みたいに言われることあるじゃん。「アニメに進出」「映画に進出」だとか。「進出って言うな」って感じするじゃない。「漫画でいいじゃん」って思っちゃう
田中 「なんで上なんだそっちが」みたいな
浦沢 あたかも映像に行くのがステップアップみたいな
太田 上のようにね
浦沢 なんかそれ違うと思う

漫才の可能性をあまり信じてない太田と、漫画の可能性をかなり信じてる様子の浦沢。とはいえ実際は爆笑問題も定期的に本腰入れて漫才やってるし、浦沢直樹もアニメや映画ガンガンやってますけれどね


・「面白い」と世間の折り合い

浦沢 ものを考えるときに、ジーッと「お、これ解けた」「あれ解けた」。これ以上考えて、この次、隣行くと、オレ頭おかしくなるんじゃないか、って思ったことない?
太田 うーんとね、そこまで行きたいとは思うけれども、なったことはないね。もしそう思ったら絶対行っちゃうんですよ
浦沢 行ってみる?
太田 オレ、押尾学ですから
(※「バキューン」って音声消されてたけど読唇術によって100%そう言ってます)
田中 太田さん?
浦沢 (爆笑)
太田 (先生は)抑えるわけですか?
浦沢 ちょっとね、ここ行かないでおこう、ってなる時があるんだ
太田 オレそこまで行ったら、行っちゃうな
田中 わかんないもんね。どうなっちゃうかね
太田 どうなったっていいんだ。地球が滅亡しようがいいじゃない! それをやるためにいるんでしょう
浦沢 もしかすると、僕がお茶の間的にウケるのって、そこでハンドルを切るからかも知れないね
太田 「自分はすごいとこ行った」って言っても、世間的には「なんじゃこりゃ」ってありがちなことだから
田中 よくあることだからね
太田 そうなっちゃったらつまんない
浦沢 でもさ、ギリギリのハンドルプレーはみんな見たいわけよ。「危ない!」ってのをね。そのままドーンって行っちゃうか行かないか
太田 行っちゃった人もいるもんね
田中 二つあるんだろうね。サザエさんみたいに絶対安全運転。あれはあれで人気あるわけだよね。それと、コーナー攻めてギリギリ行く。両方人気はある
浦沢 僕の面白いと思ってるものを、いかに「本当に面白いんだ」っていうふうに世に届けるには、どういう努力をすればいいのか。僕の好きなものは売れてない。売れてないからきっと僕がやったら、またぞろ売れない漫画家がひとり増えるだけになっちゃう。っていうのに対して、それを繰り返してたらイカン、と思ったところはあるんですよ。それの悪戦苦闘なんですよ、ずっと今までやってきたのは

自分の信じる「面白い」を商売にする場合、どこまでハンドル切らずにギリギリまで行くか。あるいはギリギリを超えてみるか。それとも安全運転でいくかという問題。こういうときに必要なのが、ツッコミであり、編集者、翻訳者といったような「親しい外部」の視点だと思います。よく一時期ダウンタウンの松ちゃんに対する浜ちゃんというのが引き合いに出されましたけど。余談ですがそのキワキワが今いちばん世間に受け容れられるかどうか見てて興味深いのは野性爆弾


・漫画は芸術か

浦沢 僕は芸術だと思っている。だけど、世の中的に芸術扱いされたくはない
太田 うん、わかります
浦沢 世の中から芸術扱いされると、なんかお高いところにまつり上げられるだけで、そこにおいしいことはない。世の中としては相変わらず「たかが漫画」って言ってもらってるほうがいい。僕は芸術って思ってるから。それくらいの位置関係ですよね
田中 なんか東京芸術大学に「漫画学科」ってあって、すごいワーッと崇高なもの、みたいになったら漫画じゃなくなっちゃう
浦沢 『マンガの殿堂』ってやつも、僕は芸術を作ってるつもりだから、117億円かけてどんどん作ってもらって構いません、っていうのが僕の内心なんですよね。ただ、日本漫画ってのは、どうしようもないくらいのギャグがいっぱいある。ものすごいエログロナンセンス。エロチックなもの。それらを並べないのは日本の漫画の殿堂ではないと思う。このナンセンス具合がもし起きたらとってもおかしいんだけど

漫画というかいわゆる“アニメの殿堂”は白紙になったんですよね


サブカルとメイン

浦沢 サブカルチャーがサブでなくなる、っていうのは繰り返し行われてるわけでしょう。それこそ爆笑問題だって実はサブカルチャーだった。それが今メインになってる。で、たけしだって浅草の芸人がメインにいったわけじゃないですか。そういうことが繰り返されて、サブがメイン、サブがメイン、って。もし僕らがメインであるならば、もう一回サブがそれに乗っかってこなくちゃいけない。爆笑問題の太田(というメイン)にもう一個のサブが乗っかってこなくちゃいけない。でも、今いちばんメインでいる太田がいちばんサブっぽい、っていうのも、これが困ったこと
田中 (笑)
浦沢 漫画でも、浦沢がなんとなくいちばんメインにいるのが、ものすごくやりづらいんだと思うの。本当はサブの人間だから。きっと困ってるよ。「なんかこいつらがメインっぽくいると邪魔!」みたいな感じで(笑)
太田 そうかも知れない
浦沢 絶対ぼくらサブだから
太田 もっとメインに行きたいけどね
浦沢 じゃあもっと発言に注意しなきゃ(笑)

結果的に今や完全に「メイン」の立場の爆笑問題浦沢直樹も、もとは「サブ」が出自だった。両者が崇拝するビートたけし手塚治虫も、そもそもはサブ(マイナー)なのが大メジャー(という扱われ方)に転じている。サブとメイン、表裏一体なんでしょうね。

「サブ」というポジションや「マイナー」への志向がある人間が、その面白さを「核」として備えているとすれば、雪だるま式にその外皮の虚像を膨らませてメジャーな存在へと変化していくためには、その「核」こそが必要不可欠なものになるんだろうな、という考えに、この放送を眺めていてひとつ思い至りました。