「遭難フリーター」は他人事じゃない

近所の古本屋を浮浪者同然でふらついてたら「遭難フリーター」という本を見つけた。

遭難フリーター」。それなんて俺。

そういえばこの作品名、たしか最近映画化されたとかでちょっとした話題になってたはず。派遣労働者の自分の生活をビデオカメラで一年間撮り続けたドキュメンタリーとかなんとか…。景気低迷によるいきなりの派遣切りが社会問題として顕在化した流れもあってその問題提起の要素もあるとかないとか。

見つけた「遭難フリーター」はその話のいわば原作本ですね。

それがなんと「 105 円」という破格値で売られちゃってました。奥付をみると初版が「 2009 年 2 月 28 日」ってそれ最近じゃん! と色めきたつ。まだ発売から 2 ヶ月も経ってない、だと・・・? 定価 1,000 円+税。太田出版。本には痛んでいるところや目立ったヨゴレがあるわけでもなく新品同然。なのに 105 円。

いくら緊縮財政の身の上とはいえ、もともと興味があったこともあり、さすがに「買う」の一択であった。

それをこのたび読み終えましたので今回の更新はその読書感想文ダラ書きです。


作者の岩淵弘樹が埼玉での派遣労働生活のなかでつけていた日記をもとに構成されたほぼノンフィクションであることを考えると、この作者はとてもアクティブでポジティブで、かつ適度にダメな人。

作中の自己申告をストレートに捉えると、地元のバイトで怠ける。遅刻癖もある。別れたはずの元カノと縁を切れそうで切れないみたいな未練タラタラでいる。放置されてる鍵のかかってない自転車に乗ってしまう。金がないと言い訳しながら電車でキセルを繰り返す。なにより借金を抱えている。問題行動だらけです。

派遣切りされた労働者がいきなり貧困にあえいでホームレスに転落する、みたいな報道を目にして、「貯金しておけばいいのに」「自己責任じゃん」と、堅実な考え方の人はとがめる。

でもこの本に活写されている労働者は、著者の岩淵氏を含めて、「ハナから貯金どころじゃない」人たちがいっぱいいる。著者は給料のほとんどを借金の返済に当てていたようだし、一日数万円単位で勝ったり負けたりを繰り返していつの間にかパチンコスロットの依存症のようになってる人もいる。これまで抱えてきた負債やどうにもならない生活習慣で、貯金ができない。

ましてやいくら働いても給料としてもらえる金額が正社員の層に比べて少ないのは明白なので余裕がない。まだ盗人的な犯罪に手を染めないぶんだけ(その可能性は決してゼロじゃないにしろ)まだ健全だと捉えるべきなんでしょう。ワーキングプアの問題とかも並行的に潜伏してそうな話題ではある。

そんな境遇にあえぎながらも岩淵氏はガンガン動く。

派遣先の埼玉のキヤノンの工場では単調な労働に「地獄だ」「俺はこんな単純作業で終わる人間じゃない」などと鬱屈した思いを抱えながら、次々と現れるダメな派遣のおっさんたちに苛立ちながら、苛立ちを覚えている自分にもまた苛立ち、でもダメなおっさんたちとの対比として「俺ってやっぱ仕事できるじゃん」とかすかな自尊心をくすぐられたりする。それでいて正社員との格差にまた絶望したりもする。

いよいよ金がないとなれば工場の土日休みを利用して上京して日雇い派遣に登録し、引っ越しやら工事現場やら小堺一機のコマ劇場での公演(「おすましで SHOW 」であろう)撤去作業やらでクタクタになりながらも日銭を稼ぐ。バイタリティがすごい。

人にはものすごく恵まれているようだ。親戚や友人知人にご飯や泊まるところをおもいっきり頼っている。あまり金が無くても生きていけるのはどうやらそこだ。労働者の集いに参加したりなんかもする。まだ本も映画も世に問うていない無名の時分から、顔が売れてる雨宮処凜みたいな作家とも既に交流があったりする。

ひとくちにフリーターといっても人間種々雑多に多様であるのは当然としても、世の中をはかなんで無気力無目的といわれるような「近ごろの若者」像とはかけ離れている。ときには勇み足なんじゃないかというくらい首をつっこんでいて、岩淵氏のその動物的な性質がこの激しい著作なり映画なりに結びついている気はする。

また本作には「オッサン生態図鑑」という部分のウェイトも大きい。次々と入ってきては辞めていくオッサンたちの言動が愛憎入り混じった感情とともに記録されていく。物覚えが極端に悪かったり、ルックスの面で肌荒れがひどかったり顔が浅黒かったり、キチガイじみていたり。で、よくよく話を聞いてみれば人生に紆余曲折ありまくる人たちばかりのオッサンたち。

仮名で活写するオッサンたちを著者はおおかた見下している。嫌悪さえする。でもススキノで店を構えていて一時は巨万の冨を築いたが失敗してヤクザに追われてるみたいなオッサンや、「普通の話ができる」オッサンに関しては、むしろリスペクトさえしているようでもある。オッサンの話を聞くのが愉しいという。

と、そんな具合に、密度が濃い文章にぐいぐい引き込まれる。あまり凝りすぎないレトリックと、抽象的ではなくあくまで具体的に物事を掘りさげる姿勢が説得力を下支えしている。自分のお金のことは給料から出費まであけすけに一円単位で報告する。あと、性欲もあり余っているようでちんこ話もあけっぴろげに登場する。

文中にも名前が出てきた筒井康隆ゆずりの「俺節」な、硬派でいながら軟派でくだけたような文体に、俺が俺がの頑なな自意識と、それと正反対の自問自答にぐにゃぐにゃ揺れうごく思考の柔軟さとが同居している。


新宿アルタ前のベンチに座って、思ったという。

役割。派遣で働いていると、自分の役割に疑問が生まれる。俺じゃなくても、誰でもできる仕事じゃないか。新宿。俺がここにいなくても、何一つ影響はない。

家族や友人との関係の中だけで、俺は俺として認知され、その関係性だけが俺を俺として記名させる。そんな当たり前の話。東京は俺を必要としていない。わずかな労働力として、小さな消費者としていればいい。それでいいのか。分からない。俺に何ができるのか。

自殺という選択肢は今の俺にはない。仙台に帰るという選択肢もない。埼玉で工場勤めをし、東京で派遣アルバイトをする。それを俺は今選んでいる。だから何なんだと、何を言いたいのかと、考えてもみるが、結論も答えも出ない。新宿はいつもそんな気持ちにさせる。(p.143)

東京への純粋な憧れ。現実に対する虚無感。仕事への複雑な心境。将来への不安。いちいち物言いが「読ませる」。この作者は映像制作という確たる道を見つけつつあるようだけれども、そんな光明が見える人はほんの一握り。多くのフリーターにとってはどうにもなりそうもない貧困の実感に、とても他人事とは置いておけない。


遭難フリーター
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岩淵 弘樹
太田出版
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4 生々しい・・・・
4 表紙にだまされるなよ!


余談だけど「遭難フリーター」を英訳すると、タイトルにもあるように『 A Permanent Part-Timer in Distress 』になるようだ。なるほど考えてみれば「フリーター」って和製英語丸出しであった。

語呂としては軽快な響きさえ含んでいる「フリーター」が意味するところは、結局「パーマネント」な「パートタイマー」=「永久に短時間労働者」なのだ。

こうしてあらためて考えると、「永久に」「短時間」という矛盾は、けっこうしみじみ重い。