ナンシー関の葬式に参列する・1

「有名人の葬式」が、ずっと謎だった。


生前、亡くなった当の有名人との間に何らかの親交を持っていた者ならばともかく、たとえば単なる一素人が「ファンだから」というセルフィッシュな理由のみにおいて葬儀の会場に入場するなんて行為は、そもそも許されるのだろうか…そして仮に入場することができたとするならば、はたしてどこまでの行動が許されているのだろうか…と。

お香典は渡せるのか否か。記帳はいったいどうすれば。そしてもっとも肝心な葬儀・告別式への出席の可否は。いっそ焼香なんて神妙な顔でやっちゃってもいいのか。迷惑はかからないのか。それともはた迷惑なのか。


それでもぼくは、ナンシー関の葬式に行くことにした。

ぼくにはナンシーの死が、テレビや新聞、あるいはネット上でこうまで大きく扱われるものとは想像していなかった。知る人ぞ知るマイナーなコラムニストとして世間一般では捉えられている認識でいたのだが、まったく甘かったようだ。

そこへいくとナンシー関の「葬式」というのもまた、その規模においてまったく想像のつかない代物である。東京ではなくナンシーの故郷である青森で営まれるからには、身内だけのこじんまりとしたものになるのかも知れないし、逆に死後の取り上げられ方の大きさを考慮すると、実はものすごく大規模なイベントになるのかも知れない。

もしも意外な大規模イベントだったと仮定すれば─


「日本全国から参集した熱狂的な読者が会場の内外ですすり泣く」
「その模様が翌日のワイドショーで映し出される」


─そんな、ナンシーがもっとも毛嫌いしそうな地獄絵図がつい夢想されて嘔吐感を催す。また油断しているとぼくもその光景にうっかり溶け込んでしまうのではないかと考えてひどく嫌な気分になったりもした。ともかく当日の様子がどうなるかについて予想するのはひどく困難なことであった。


ともかくさしあたっての個人的な問題は『会場に入れるか否か』である。もし入れるのであれば分別ある大人として礼儀正しく立ち振る舞う心構えではあり、たとえ『関係者以外お断り』のような残念な事態に直面しても、喪に服する気持ちに変わりはなく、お寺を遠巻きに眺めながら手を合わせて一礼などし、それから静かに帰ろう、くらいのことは決めていた。

入場できるかどうかはわからないが、青森市の葬儀会場・常光寺まで足を運ぶことだけは、いつしか自分の中で決定事項になっていた。「ナンシーの葬式に行かなくてはならない」「そしてサイトでレポを書かねばならない」「これは義務である」と。不明な情熱。ぼくの今住んでいる北海道の某所から青森までは JR の快速で約 2 時間 40 分、そう遠くない、ということも動機のひとつにはなっている。


ぼくは祖父母など親戚の葬式に参加したことくらいはあるものの、いつもただ親のあとをついていくばかりで、自分ひとりで誰かの葬式に赴くことは今回が初めてだった。またそれがナンシー関のものであるというのも、なんだか飛躍した話だけれど。

そこでマナー違反等を起こさないように、あらかじめ地元の書店で「冠婚葬祭ガイドブック」的な書籍を立ち読みし、葬式へ出向くにあたっての必要事項を覚える。次に 100 円ショップ「ダイソー」にて香典袋、香典袋への記入用の薄墨の筆ペン、香典袋を入れるための袱紗(ふくさ)、そしてポケットサイズの「葬祭事典」等の葬式グッズを購入。あとで数珠を買い忘れたことに気付いたが、もう一度読み返したガイドブックには「持参しなくとも良い」とあったのでその言に従うことにした。

濃紺のスーツにあらかじめ所有していた黒ネクタイ、スケスケの黒靴下、そして革靴を装着し、6月 16 日(日曜日)、朝 7 時発の列車に乗って、ぼくは青森へと馳せ参じた。

鞄に「耳部長」(朝日文庫)など詰め込んで。


# # #


9 時 40 分頃に青森駅に到着。

さっそく外に出ると青空はスカッと澄みわたり風も心地よく、実に爽やかな気候である。駅前の商店街も日曜日の午前中ということもあってか程良い賑わいぶりを呈しており、青森にはとてもナンシーの葬式が営まれるというしめやかな空気は流れていない。

さて駅から歩くこと 40 分、ぼくは道に迷いながらもようやく常光寺に到着した。

ドンとそびえ立つお寺の入口の門扉。そこには

「関直美(ナンシー関)葬儀会場」

といった堂々たる筆書きが物々しく掲げられている。さて、ついに来てしまった。否応なしに緊張感が高まってくる。


そんな入口の前で、ひとりの初老の男性が門番をしていた。よく交通整理の人が使っている赤い蛍光のライトみたいなのを手に、参列客の誘導をしている。ガードマンというお堅い雰囲気ではない。「関家」と近しい関係にある人だろうか。

とにかくこの人を突破しなくては後がない─ぼくはその男性に、失礼を承知で、例の重要課題『会場に入れるか否か』について、おそるおそる意見を求めてみた。


「あのぅ…」
「あ、はぃはぃ?」
「一般人なんですけれども…この中に入ったりしてもイイものなんでしょうか?」
「あっ、はい、どうぞよろしいですよー。記帳して入ってくださいねー」


なんかとても優しいリアクション! そしてどうやら入っても大丈夫! 北国の人のその大らかさにひどく感銘を受けた。自分が生粋の北海道人だということは忘れている。


ともかくはればれとした気持ちで常光寺の敷地内(まだ屋外である)に入る。

すると、至るところに各界の有名人から送られた花が飾られていた。その数量やそこに記されている名前がいちいちすごい。ビートたけしを筆頭に、岡村隆史矢部浩之久本雅美柴田理恵松尾貴史など芸能界から(ちなみに「めちゃイケ」番組単体からの花もあった。コラムで『モー娘。SP』がいい感じにネタにされていたのが嬉しかったのか)、宮部みゆき泉麻人大月隆寛など出版業界から。町山広美山田美保子なんて名前もあった。

あんまり量が多すぎていちいち記憶することは諦めてしまったが、その数は確実に 100 を超えており(しかも著名人ばっかり)、いわゆる『故人の交友関係の広さ』を示すには十分すぎるボリュームで圧倒された。ナンシー、大人気。