吉木りささん小説「誰かさんと誰かさんがネギ畑」読書感想文

装丁やカバーの手ざわり、重量感、開いてパラパラするときの紙質やにおいなども含めて「本」なので、渋谷の文教堂書店のタレント本コーナーで発売日に見つけて、手にとって表紙を指の腹でさすった瞬間、さらさら、と擬音で表現できる爽やかな質感の本だったので、まずは嬉しかった。
吉木りささんの6月22日に発売された書き下ろし小説の単行本「誰かさんと誰かさんがネギ畑」(竹書房)。すごいですよ、アイドルってなんでもできちゃう。小説も出せちゃう。吉木りさ初の書き下ろし小説で本出しますよ、という挑戦もすごいし、実際に長編を書ききっちゃう吉木さんもすごい。

目次に並ぶ各章の小見出しが目を惹きます。「目には歯を」「きのうは明日の風が吹く」。すべてのフレーズに言葉遊びが施されている。決して通り一遍ではない。「ドリフターズのジュリー」「私がオジサンになっても」などレトロなテイストも漂う。書籍のタイトル「誰かさんと誰かさんがネギ畑」からしてすでにそうだった。「誰かさんと誰かさんが麦畑」はザ・ドリフターズの歌詞。そこに作品のシンボルとも言えるネギ畑がミックスされた。
掟破りかも知れないけど「あとがき」から先に読んでみました。読者への感謝の言葉と、執筆にあたっての「メイキング」が、あやふやで思わせぶりな表現をまぶしながら、言外に漂う確信とともに綴られている。

すべて、フィクション――。
と言い切ってしまうのも、ちょっと違う……。
“パラレル・ワールド”のお話です、といった感じでしょうか。

主人公であり語り部の岩田幸恵25歳は、たとえパラレルワールドとはいえ、吉木さん本人が投影されたキャラクターだと思う。“岩田さん”と中学時代の同級生、“パッとしない女子4人”の物語。
筆力がある。辞書的なかしこまった文体の規則に囚われてない。ブログもTwitterもコラムも吉木さん書いてて味があるけど、小説という自由演技のフォーマットで潜在能力が解放されている。特に筆が乗ってるなと思えるのは、やはり“岩田さん”の独白部分。少々気恥ずかしいことも、小説の形を借りると、その人物が雄弁に語ってくれる。それと、ギャグを挟みながらつるつると展開されるガールズトーク。吉木さんの脳内でいろんなキャラクターが前のめりで喋りたがってる。
これ全部吉木さんが書いたものだ、と我に返れば、ちょいエロ気味な描写がほんのり顔を覗かせるのには正直赤面です。往年の名作「BL紙芝居」にキャッキャ喜んどいて今さらアレですけど。小ネタ、豆知識が挟まれてる部分は、正確性を期するため資料と首っ引きで書いたんだろうなぁ、という生硬さが突如として文体から滲み出してきて微笑ましい。
サンマルクカフェとバーガーキングで3時間くらいで読み終えました。「世界は教室だけじゃない」的な学生時代の愉快じゃない記憶もときおり描写されるけど、基本的にはおしゃべりで進んでいく明るい作品。未来を感じる。
うまく言葉で説明しきれないことが大半で、表に出ることも出てないこともいっぱい。目に見えるものは存在しないかも知れないし、目に見えないものが存在するかも知れない――そうやんわり言い含められている気がする。善良な思考と発想の圧倒的な柔らかさで、世の中にたっぷり疑問を抱きつつ、肯定的に生きるすべを説いている。よい本だと思います。