水道橋博士のライムスター宇多丸評

ヒップホップグループ「ライムスター」のラッパー・宇多丸という人物は著名なミュージシャンであるいっぽう TBS ラジオの土曜夜の生放送「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」(通称「タマフル」)や同じく TBS ラジオ「小島慶子 キラ☆キラ」水曜レギュラーなどのラジオ DJ としてぐいぐい存在感を増していて、ごく最近のトピックとしては「タマフル」でのラジオ DJ ぶりが評価されて放送文化上かなり価値があると思われる「第 46 回ギャラクシー賞」の「 DJ パーソナリティ賞」を受賞したばかり。

(※参照「第46回ギャラクシー賞発表 宇多丸 DJパーソナリティ賞受賞!」)

また著述業の分野でも芸能ゴシップ月刊誌「 BUBKA 」の連載「マブ論」では 2000 年 5 月号から現在に至るまでアイドル音楽評論を続けてきた。圧倒的な物量でリリースされてきたハロプロ楽曲に一定の関心と理解を示し、Perfume を売れてない頃から楽曲重視でひたすら褒めそやし続けている。偶然かも知れないが Perfume のブレイクと同時並行的に宇多丸のラジオ DJ としての仕事ぶりも軌道に乗ってきた印象がある。「シークレット シークレット」のミュージックビデオでうさんくさい司会者役をこっそり演じているのはヅラをかぶった宇多丸だ。


そんな宇多丸の「タマフル」13 日放送分は「宇多丸甘やかしウィーク」と題した 3 時間ぶち抜きの特別企画で、スタジオブース内に「布団」を敷き、宇多丸はその布団の中にぬくぬくと寝っ転がりながら生放送をお届けする、という自身の活動の絶好調ぶりにいい意味であぐらをかいたおふざけ DJ 仕事であった。

「ラジオは想像力のメディアだ」という伊集院光から仕込まれた思想はたしかに根強くて、「布団に寝転がりながら喋ってる」状態というのもあくまでリスナーの想像力によって補われるべきだというのが従来からの考え方だ。しかし今回「タマフル」はひとつの試みとしてネットの公式ストリーミング動画によってスタジオ内の映像を延々リアルタイムで流している。黒 T シャツのグラサン姿、スキンヘッドにヘッドフォンという中年ニートこじらせちゃったみたいな男が布団にゴロゴロ寝っ転がりながらマイクに向かって喋っていた。見えるラジオ。

宇多丸はあおむけになったまま両足をしきりにバタバタさせてみたり、花柄模様の昔ながらテイストの掛け布団で全身を覆ってみたり等々、とうてい社会人の仕事中の様子とは思われない「甘やかされぶり」を演出していた。司会進行に関しても今回だけ特別出演の TBS 小島慶子アナにおおよそ任せっきりで、宇多丸怠けすぎ。ってことでイレギュラーなことだらけの実におもしろい放送だった。


で、そんな宇多丸ラジオをつい最近聞きだしたという浅草キッド水道橋博士が、この「宇多丸甘やかしウィーク」に乗じてタマフルへコメントを寄せている。番組には「ザ・シネマ・ハスラー」という映画評コーナーがあって、ラジオではおそらく異例と思われる約 30 分という長尺で毎回ひとつの映画についていろんな角度から事細かに掘り下げているのだけれど、水道橋博士はこのコーナーがとてもお気に入りらしい。

それもこれも下支えしているのは宇多丸の映画知識の埋蔵量であり、事前の仕込みの充実であり、論理の組み立てであり、極めて巧みな弁舌であり、ヒネた笑いのセンスだ。これ書いてるぼくは正直あまり映画を見ないんですが宇多丸の雄弁ぶりについ聞かされてしまうことが多い。

今回の「甘やかしウィーク」には、他にもスチャダラパーとか ZEEBRA とか YOU THE ROCK☆とかミュージシャン仲間から「あえて宇多丸を誉めていい気にさせる」という文脈のもと、宇多丸ヨイショ持ち上げコメントが続々と届いていた。ただ、水道橋博士からのコメントが特に質量ともに図抜けていた。


よって以下にそのコメントをぜんぶ書き起こします。宇多丸曰く、水道橋博士の「誉め話芸」です。



はいどうも、浅草キッド水道橋博士です、ということで
この「ザ・シネマ・ハスラー」についてですね語ってほしいということで


ぼく自身「ウィークエンドシャッフル」なんかも
にわかファンでございましてですね
初めて聞いたのが今年の 3 月なんですね
まぁ遅ればせながらってことで


実際宇多丸さんの存在そのものをですね
認識していなかった
まぁミュージシャンくらいはわかっているんですけど
アイドルオタクのはげちゃびんくらいなもので
ましてや「キングオブステージ」などと呼ばれているってことを
これ本気なのか冗談なのかもよくわかってない状態で聞きましてですね


それも元々ですね
タマフルに)映画評論家の町山智浩さんがゲスト出演するということで
ぼくは町山スクールのスチューデントだと思ってますから聞いたんですが
そのときが「 20 世紀少年」を取り上げていたんですね
(※「20 世紀少年」評ポッドキャスト


町山さんも宇多丸さんも歯に衣着せぬ舌鋒っていうんですかね
よくここまで言えるなって驚嘆してですね


でもこれは海外在住の町山さんが
日本のラジオ界においても映画界においても「治外法権」だからこそできる
好き勝手な言いたい放題でやり逃げで海外に飛び出すんだと思って
その便乗犯としてのっかってて
たまたま深夜放送の悪ノリで悪趣味として脱線してるんだろう
ぐらいには思ったんです


でも「もしかしてこれを毎週やってるのかな?」
っていうことも思いですね、iPod にダウンロード
…このシネマハスラーをですね 3,40 本あったんじゃないですかね
ぜんぶ録音したんですね


ぼくは当時東京マラソンに出場するということで練習してたんですが
iPod 持ち歩いてこれを聞き始めたらですね
まぁとまらないんですよね


とにかくこれを一個一個
一話づつ聞き進めるのが愉しみになってて
聞き終わるのがすごくもったいなくてですね
せつない感情になってですね
「もうこれ終わらないで欲しい!」って
まぁポッドキャストなんですけどね


とにかくその中でも感心したのが「ゲゲゲの鬼太郎」を取り上げたときにですね
「“世界の亀山モデル”こそ日本映画のぬらりひょんだ」
というワンフレーズがですね
「これはキレてます」と
「肝が据わってます」っていうふうにね
ジョークとしてもよくできているし本質も突いているし
(※「ゲゲゲの鬼太郎」評ポッドキャスト


日本映画はですね
テレビドラマの延長上やテレビ局のメディアミックスでつくられる風潮というのが
長年続いているわけですけれども
良い面悪い面あってですね


良い面は産業構造上の興行規模が広がってちまたの話題を呼びやすい、と
大きなトレンドができるみたいなのがあると思うんですけど
もっとも悪いのはですね
まっとうな批評が失われることだと思っているんですね


タレントっていうのは
メディアグループの社運をかけた大作というものに関してですね
ほんとにテレビタレントの場合は追従するしかないんですね


その中で自分の意見を我を通して直言するということができるのかできないのかというと
もうほぼできないっていうふうにぼくは思ってたんですけれども
それを直言してる人がいるんだってことに驚いたんですね


もともと映画を含めてサブカルってのはロジックで語られないし
語られたとしてもですね
映画論をこう蓮實重彦云々だとか学術的に語られていっても
カジュアルじゃないんですよね
誰もそういう話をふだんのときにしてないと思うんですね


そういう意味ではこの宇多丸さんのシネマハスラーですか
良し悪しの軸とか目盛りのスタンダード
見巧者・読み巧者による審美眼みたいなのをね
確実に教えてるという気がするんですね


かってのナンシー関がですね
テレビっていう曖昧模糊としてこう流れ作業で消えていくような番組に
確固たる批評の基準をつくったような感覚を
宇多丸は)映画の中で作っているんですよね


特にぼくが言いたいのは
つまらない映画をつまらないって語ることは本当につまらないんです


でもつまらない映画がなぜつまらないか、
いかにつまらないかをおもしろく語ることは
ものすごく発見と技量がいる
んですよね


そしてその放送を聞いて
その地獄のようにつまらない映画を映画館にまで観に行かざるを得なくなる
不条理な行為そのものが人生そのものであり映画的体験である
っていうことを本当にこのラジオは教えている、と


いい映画評論というのは漢字や専門用語なんかで書かれずともですね
こういうしゃべりのひらがなで語っていても
臨場感をもって脳内にスクリーンが目の前に広がってくるんですけれども
町山さんしかり宇多丸さんしかりそういう体験を得るわけですよね


だからまぁ宇多丸さんと感想が違ってもね
「このナマハゲ違うじゃねーか」とか
「あのハゲボケの言うとおりじゃないか」
みたいなことの感受性が太くなってくるわけですよ


そして映画館に通うことによって
映画館でホモの痴漢に襲われたりする
こういう日常を飛び出した非日常的な映画的な体験というのを含めて
映画体験なんですよね


そういうのが最近語られなさすぎると思っていたのでですね
特に映画見てね「おもしろいおもしろくない」とか「泣けた泣けなかった」とか
こう二元論でしか映画は語られなくなってるんですね
これはいかにつまらないかということで


特に白眉の出来だったのは 12 月にですね
TBS 出資の大作「私は貝になりたい」を取り上げるっていうことが
この「私は貝になりたい」というタイトルそのものが
もうダブルミーニングであるんですよね


「語ってはならない」
私は貝になりたいですよ」
「この映画について語りたくないですよ」
っていうのをあえてそこに向かっていくというのを
こう盛り上げていく


私は貝になりたい」が映画公開されるときのような盛り上げ方を
ラジオがしていくわけなんですけど


これは番組の存続すらあやぶまれるような危険な賭けだな
というのを思いつつ一個一個聞きつつも
その回が近づいたときなんてのはもうドキドキしてましたよ


しかしですねこのいざ始まってですね
私は貝になりたい」の過去 4 本の映像化作品を
「原作」にあたってですね
しかも橋本忍脚本に対する黒沢監督の言葉をですね
「清水豊松がこれじゃ貝になれないんじゃないか」
というこの言質を引き出してですね


今回の中居くんの演技と監督の演出をあえて肯定していく語り口がですね
あまりにもお見事で
ぼくは実際中居くんに聞かせてあげたいと思ってですね
これをいつか…ときどき共演することがあるんで
CD に焼いて持ってるほどなんですね


ぼく自身もこの回を聞いたときにマラソンの練習中で
路上で走ってたんですけれども
聞き終えたときにですね足を止めてこう拍手した
「すばらしい!」と
これは本当に上質な綱わたりですよ
よくぞ落ちなかった、と


「ことほどさように」って(宇多丸が口癖として)よくおっしゃってますが
最後まで聞き終えてですね
そのおかげで東京マラソンの練習のペースが乱れてですね
結果的に記録が悪かったっていうのもあるんですが!
(※「私は貝になりたい」評ポッドキャスト


この批評のスタイルっていうのが直感のように見えてて
裏が取れてるというところもすばらしいと思うんですね
多彩な論理力があるっていうか


ぼくは長くラジオを聞き続けている中でですね
ラジオパーソナリティ時代にですね
「たけし・タモリ・近田」って言われた時代があるんですけれども
その全盛期の近田春夫さんのラジオね
近田さんの論理力というのも
週刊文春」の連載(「考えるヒット」)なんかでおなじみだとは思いますけど
ラジオでのロジカルにこう突き詰めていく感じっていうのもすごかったんですけど
それを彷彿させるわけですよね


もうこうなったらですね宇多丸さん
「昼帯」やったらいいんじゃないですか?
TBS を変えましょうよ宇多丸さんで


出来るんじゃないですか?


まぁとにかく、にしてもですね
年上のぼくがですね先輩風を吹かせて後輩のラジオはこれだけすばらしいんだ
ということをぼくが言いたいわけじゃなくてですね


ぼくは 46 歳なんですけど
この 46 歳の俺をラジオの前の 14 歳に戻してくれてる
ってところを最大に評価してですね
思春期の挑戦的でこうスポンジのように情報を膨らませたいという
あのころの好奇心が甦るわけですね


だからまぁ宇多丸さんはぼくにとって
師匠であり兄貴であると言っても過言じゃないと


つまり内ポケットのトランジスタラジオから流れてる AM
そういうラジオじゃないでしょうか?


これは、オススメです!!


…と、まぁ言いつつもですね
この番組のプロデューサーがですね
ぼくの行ってるジムの後輩で
学生時代に学生プロレスをやっていた


その彼に今ですねチョークスリーパーを決められながら
むりやり原稿を読まされました


以上、水道橋博士でした


そしてこのありがたすぎる「誉め話芸」に対して宇多丸が本当に言ってたガチリアクション↓



「寝ながらも背筋が伸びる思いです」


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↑持ってます。「語り」のクオリティが文章でもトークでも、映画評でもアイドル音楽評でもほとんど変わらない。いかにラジオのトークが入念に仕込まれ組み立てられているかが類推的にわかります