14 日に放送されたフジ系『オールスター芸能人歌がうまい王座決定戦スペシャル』は、噛み砕いて言えば「芸能人の中でもっとも歌がうまい人を決める」番組。
決めていいのか? という根本的な迷いがまずある。水泳大会とかクイズ大会とかの余技的なジャンルで争うならまだしも、「歌」なんて、芸能活動の中ではあんまりダイレクト過ぎやしないか、と。
逆に歌がうまい人を決めるなんてことは、いっそプロ野球選手とか相撲取りとか、完全に別ジャンルの有名な人たちが余興的にやるのが習わしだったんではないか。
元を辿ればこの企画は『お笑い芸人歌がうまい王座決定戦』を下敷きとしている。さらに元を辿れば『ものまね王座決定戦』がベースになってるんだけど、そこは今回掘り下げない。
で、『お笑い芸人歌がうまい王座決定戦』は、「ふだんは歌を本業としていないお笑い芸人だけれど、いざ歌で競わせてみると誰がいちばんうまいのか?」「あの芸人の意外な歌唱力が明らかに・・・?」といったいくつもの素朴な疑問をもとに成り立っている。
これらは大前提として「でもお笑い芸人が無駄に歌がうまくてどうするんだ(笑」というつっこみどころがあり、すべての歌のうまい芸人の得意満面をそこへ落とし込むことはもちろん可能だ。
むしろ本来そうあるべきで、たとえばココリコ遠藤がたまに尾崎豊の「 I LOVE YOU 」なんかを過剰なメロディアレンジで歌っているさまは、うまいのカッコイイのを通り越して極めてバカバカしく、だからこそとても秀逸である。
ココリコ遠藤による「 I LOVE YOU 」
上の動画のように 2004 年のフジ系「 27 時間テレビ」で深夜から早朝にかけて放送された「ザ・ココイチテン」が、現在の『お笑い芸人歌がうまい王座決定戦』の理想の姿のような気はする。あるいは系譜としてはもともと「ザ・ココイチテン」が原点だったのかも知れない。
ただ、現実問題として、本質はすっかり変容してしまった。
ますだおかだ増田はボイトレに 6ヶ月かよったと公言し、TKO 木下のこの番組にかける姿勢はとても冗談とは思われない。「本気」で歌がうまい王座を争っている始末だ。木下の「おもしろいことなど考えてない」のようなあからさまな発言はおもしろいけれど、ガチであることは伝わってくるので、やっぱりどうにも煮え切らない。
お笑い芸人が歌を歌うことが「おもしろい」にダイレクトに直結しない。悪い冗談と思う。
にも関わらず、くりぃむしちゅー司会ということもあって進行の中でコント的な展開を挟んでくるなど、番組トータルでは辛うじておもしろげな仕上がりになってるから、なお往生際が悪い。
またお笑い芸人もちょいちょい新しい人材が登場してくるし、逆にたとえば友近や次長課長などの中堅勢はそれなりに実力を「見切られた」感があってかえって登場しないようにもなってきてるしで、少しづつ血を入れ替えながら、すっかり恒例のシリーズ番組になってしまっている。
で、今回の『オールスター芸能人歌がうまい王決定戦スペシャル』は、とうとう番組成立の大前提であったはずの「お笑い芸人」という枠を取り外してしまった。叶美香やら KONISHIKI やら藤田朋子やら有象無象の芸能人にまで門戸が広がっている。
とはいえ、そもそも『お笑い芸人歌がうまい王座決定戦』のほうでも、宮川俊二とか、それこそ今回も出てきて結局優勝してしまったつるの剛士とかが出ていたから、このふたつの特番のあいだに厳密な垣根などなかったりもするんだけれど。
とりあえず今回限定かも知れないといえ『お笑い芸人』という枠を名目上取っ払ったのはひとつのターニングポイントではある。
そうなると、ガチでオールスターの芸能人の中で歌がうまい王を決定したいのなら、極端な話「本業の歌手」を連れてくればいいのだ、という考えが一瞬で頭をよぎる。
優勝は天童よしみ。
いや、そこまで結論は急がなくても、タダでは歌わない実力派歌手も優勝賞金 500 万円のにんじんを目の前にぶら下げられれば、ちょっとは鼻息も荒くなるだろう。
しかしもちろん現実的にはそんなことはできないだろうし、番組側もまるでするつもりもない。
つまり、「お笑い芸人」の冠を外したとしても、あくまで前提は相変わらず「歌手を本業としていない芸能人による」歌がうまい王決定戦、ということである。
本業か本業でないかの線引きは恣意的なものだ。自己申告でありプロダクションの売り出し方であり視聴者の目であり、総合的な判断がなんらかの形でなされるが、決定的なものはない。
よく出演者陣を見渡してみる。
なるほど客観的な事実として、「歌手その人」としてヒットチャートを賑わせたり歌番組の常連だったりする人、もしくは過去にそうだった人というのが、見事にひとりも、いない。
フジテレビの公式サイトに出演者の名前が連ねてある。
青田典子、芋洗坂係長、叶美香、ギャル曽根、KONISHIKI、里田まい、ザ・たっち、品川庄司、スピードワゴン、つるの剛士、TKO、鳥居みゆき、鼠先輩、八田亜矢子、パパイヤ鈴木、はるな愛、藤田朋子、フットボールアワー、ペナルティ、ますだおかだ、モエヤン、山崎邦正、優木まおみ、渡辺直美。
以上、五十音順でございます。
むろん、つるの剛士は羞恥心で売れまくっているし、里田まいも Pabo やそもそもカントリー娘でずっとやってきた。山崎邦正もソロの「ヤマザキ一番」がややヒットしている。
だけど、そこにはあえて目をつぶる。ぼくがじゃなくてみんなで目をつぶる。
なぜならあくまでつるのも里田も山崎も、「歌手その人」として認識されているわけではないから。俳優、タレント、芸人であって、本業の歌手ではないから。
唯一、2008 年の現在進行形のヒットチャート賑やかし組としては鼠先輩がいるものの、いかんせんイロモノ、飛び道具としてのにおいがとても強く、あれだけいろんなところでポッポポッポ歌っているのに「本当の実力が未知数」という認識があるため、あっさり出演できてしまう。
裏を返せば、ジェロがこの番組に出演することはないわけで、そのあたりのキャスティングの判断は恣意的でありながらも、堅実なのだ。
それだけに、女優としてのイメージが強い藤田朋子がアコーディング奏者であるという夫を引き連れて、かなりまともに歌っていたものの、いざトークで「実はライブ活動をやっている」とちょいアーティスト志向の発言をした途端、周囲のリアクションが明らかにトーンダウンしてしまったのは、前提として「本業が歌手ではない人が出る番組」という暗黙の了解が成立しているからである。
とはいえ、たいていの芸能人は、CD とか出していたりするのもまた事実。
優木まおみはアルバムまで出してるし
叶美香は CD までゴージャスだし
KONISHIKI は胃を小さくして激ヤセだし
ともかく、これほど CD をリリースしている歌い手がたくさんいながらも、番組に出るか出られないかの分水嶺としては、あくまで「売れてない」ということが大前提としてある。上記リンクの CD が、売れたか売れてないか、ったら、多少は話題になったものもあるけれど、総じて売れてないわけだ。
「売れてない」≒「歌手が生業として成立していない」≒「歌手という認識を世の中にされていない」という出演条件が漠然とではあるが確立している。
少なくともそういう認識でスタジオの雰囲気は形成されており、そこからちょっとでも「実は・・・」などとはみ出そうとすると、藤田朋子のようにたちまち顰蹙をかうことになってしまう。
すなわち『オールスター芸能人歌がうまい王決定戦スペシャル』は、 500 万円という高額な賞金まで用意してガチで歌のうまさを競わせる企画であるにも関わらず、「歌手」の出演は決して許されず、むしろ出演できるのは「本業の歌手ではない」芸能人に限定されている。
そして、ふだんから歌っているにも関わらず、ただ「本業ではない」というぼんやりとした一点のみをエクスキューズにして、「歌うまいねー」と堺正章から誉められたり、片平なぎさや神田うのあたりから講評をもらったり、最終的には歌のうまさで賞金をもらったりする。
まるで素人扱いだ。
なんだかすんなりとは腑に落ちない、変な話である。