℃-ute新曲「君は自転車 私は電車で帰宅」の進化

君は自転車 私は電車で帰宅(初回生産限定盤A)(DVD付)
℃-ute
UP FRONT WORKS Z = MUSIC = (2012-04-18)
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4月18日に発売された℃-uteの最新シングル「君は自転車 私は電車で帰宅」略して「君チャリ」を初めて聴いたのは、今年1月3日に中野サンプラザで開催されたハロー!プロジェクトの正月ライブで、その第一印象は正直言ってまったく芳しいものではありませんでした。
ここ最近ユニットとして歌にダンスにルックスにといっそう勢いづいているかに見えた℃-uteに新曲としてあてがわれたのが、よりによってバラードだ、ということに気持ちがヘナヘナと萎えてしまったものですし、かつ正月の時点で発売までの期間がたっぷり3カ月以上も残されていることに「あぁしばらくこの曲が最新シングル曲になるのか……」と途方に暮れたりもしました。実際ハロコンでほかのユニットや真野ちゃんが披露するきらびやかな楽曲群の中にあって、この曲は埋没しているような印象を受けたし、歌詞の内容もストーリー性があるといえば聞こえはいいものの、特にそう胸を打つ内容でもなく……とにかくもどかしかった。
℃-uteメンバーハロコンでの初披露に際しては不安だったそう。5月1日にラジオ公開生放送「YOYOGI PIRATES」(FM-FUJI)にゲスト出演した中島早貴さんと鈴木愛理さんが、こんなことを言っていました。

中島:私たちもこの曲を頂いたときに移動車の中で初めて聞いたんですけど「えっwwwシングル?wwwえっ?www」みたいな。
鈴木:激しいダンスを5人で揃えてパフォーマンスを見せるのが℃-uteらしさだとメンバーがみんな思っていたので「この曲ってどう踊るの?」。どうやってアピールしていこうか不安でした。
中島:「初めて聞く人にもちゃんと届くかな」とか。コンサートで披露してるときに「つまんないな」とか思われたイヤだなって。
鈴木:初披露がハロー!プロジェクトのコンサートだったので、真野恵里菜ちゃんとBerryz工房の曲の間だったので「どうしようか?」だよね。
中島:2つが元気な曲なので。
鈴木:「君チャリ」が始まった瞬間、お客さんの間に「……ウソでしょ?」みたいな空気が流れて。初披露がいちばん緊張しました。

陽気な感じのプロモーショントークとはいえ、それでもけっこうなハンデを負って挑んだマイナスからのスタートだったことは、この話からもよくわかる。作詞作曲のつんく♂さんは、メンバーを集めて歌詞のストーリーを懇切丁寧に説明したり、衣装についても超こだわったりしていたらしいので、決して℃-uteが蔑ろにされているわけではないのでしょうけど。メンバーにもファンにも不安ばかりが募る船出でした。
ところが果たして、マイナスからのスタートはやがてプラスに改善されるのみ。メンバーはどうしたって全力で「君チャリ」を歌わずにはいられないわけで、次第にこの曲、さまざまな段階を踏んで、ポジティブに進化を遂げ始めます。
ひとつのきっかけとなったのは、3月3日に横浜Blitzで開催された矢島舞美鈴木愛理2人によるアコースティックライブだったのかも知れない。個人的にはこの会場には残念ながら足を運べておらず、後でこっそり音源を聴いただけなのですけれども、生演奏をバックに2人が「君チャリ」で迫力のあるボーカルを響かせている。これが、初披露から表舞台で場数を踏んできたのだろうし、もちろん練習もしてブラッシュアップされて、中野サンプラザで聴いたのとは明らかに別物になっていたのです。「この曲はアコースティックバージョンのほうが具合がよろしいのでは?」。そんな妙な角度からの「君チャリ」再評価の気運が、まずは発生します。
4月8日には、SHIBUYA-AXで開催されて℃-uteのほか数々のアイドルユニットが出演した「第2回 アイドル横丁祭」。これは僕も行ってきて4時間おだちっぱなしのすばらしいイベントでした。各ユニットが出番を終えた後、℃-uteはトリで出てきて「君チャリ」を披露します。ほかのユニットが概ねポップな楽曲で激しく踊り狂う中、「ひょっとすると君チャリは℃-uteにとっての残酷なブレーキになるのでは?」と当初は危惧したりもしました。心配性でごめんねって感じなんですけど。
ところが蓋を開けてみれば、これもオリジナル音源とは違って5人がいきなりアカペラのコーラスでサビメロを歌い上げる、というよもやのゴスペラーズ化もしくはスターダスト・レビュー化。音程には不安定な部分がちょっぴりあったことを否定できませんが、大きく破綻することもなく無事に切り抜けることができて、あとは圧巻のボーカルを聴かせてくれたのです。このチャレンジも含めてたいそう気合いが入っており、たまげたステージでした。
「TopYell」2012年6月号には嬉しい℃-ute特集が掲載。このライブでの「君チャリ」についても鈴木愛理さんがまじめに語っています。

鈴木:ハモリって音程だけじゃなくて、メンバーの息を合わせることが大事なんですよ。じゃないと、バラバラに聴こえちゃうから。「ここで息を止める」とか「ここから強く」とか、私が手でサインを出して、タイミングを揃えていました。
矢島:(鈴木は)指揮者みたいな役割ですね。

「第2回 アイドル横丁祭」は「生バンドスペシャル」を銘打ち、生演奏が多く交えられたライブ。「君チャリ」もそうでした。あんまり今ひとつかもね、と発売前に感じさせられていたシングル曲を、生演奏で「意外といい曲」とイメージを更新させられるという、あまり例のない矯正のさせられ方をしている現況なわけです。遠まわしな誰にも届かない方法な気はとてもしますが、現にそうなってる。
そのほかYouTube℃-ute公式チャンネルでは「君チャリ」ミュージックビデオが大量投下。4月に行われたのは、同じ「君チャリ」でもソロバージョンだったりなんだったりと異なるタイプの映像が連日1本ずつ、合計30種類次々と投下されていくという天使の仕業でした。たしかぜんぶ無料でフルコーラス楽しめる。プロモーションの一環といえばそうなのですが、なにかタガが外れてしまったというか、プロモーションの域を超える凄まじい投下量に感じ入ります。
またCDシングル盤のバージョン違いも充実していて、メンバー5人それぞれのソロ歌唱が収録された初回生産限定盤がリリースされている。この試みは少なくとも℃-uteでは初めてのこと。「CDジャーナル」2012年5月号の℃-ute特集で、この件についてメンバーもいろいろ思いの丈を吐露してます。

中島:最初にソロを収録するよって言われた時、私ほんとに落ち込んだんですよ。「これ以上のはずかしめはない」というか。
萩原:結構これ、差が……一人だし、しかもスローだから、実力がまるわかりなんですよ! なんかもう、上手いと下手を比べられちゃう!
矢島:最初は優しく歌うのをイメージしてたんですけど、レコーディングの時は「男の人が弾き語りするような感じで歌ってほしい」って言われて。
岡井:最初歌ったときは喉が焼けるくらい気合いが入っちゃって。変に緊張しました。レコーディングもいつもより長かった。

鈴木さんは比較的ソロで歌う機会が多いこともあって、この記事では特に自分のソロ歌唱について言及してなかったのですが、とにかく「君チャリ」レコーディングは5者5態だった様子。で、このソロレコーディングが、結果的には今の「君チャリ」のとてつもない充実ぶりにつながっていると思うのです。
正月のみんな困惑したハロコンに始まり、生演奏をバックに従えたライブ、ソロのレコーディングを経た「君チャリ」は、4月15日から始まったツアー「美しくってごめんね」で、その楽曲のポテンシャルを一気に開花させることになった――というのが今回の更新で特に言いたかったことです。
今さらネタバレもないと思うのですが、最新シングル「君チャリ」は当然このツアーでも披露されています。置きどころは本編のラスト。ライブ終盤にアップテンポの曲が続いて続いて、とんでもない攻勢がかかったところで、最後に「君チャリ」で締める流れになっている。これまでのライブではおおよそ怒涛の攻勢のまま本編が終了してアンコールに突入、みたいな流れが多かったと思うので、ちょっと変則的な構成だとは思います。
この本編ラストの「君チャリ」が本当にすごい。
それは、メンバー全員がソロでのレコーディングを経験したことがとてもプラスに作用している気がするんです。もちろん常にいつもそれぞれみんな矜持を抱いてレコーディングに臨んでいるとは思うのですが、「君チャリ」ではその歌唱が歌い出しから最後の一音までまるまる商品化されるに至った。萩原舞さんが「CDジャーナル」で言っているように、ともすればメンバー間で比較もされるし、あたかもコンペのようになっている。AKB48選抜総選挙ほど直接的に数値に結びついたり、それが発表されたりもしないけれど、でも各個人が背中に負う責任と、そのうらはらの独立したソロボーカルとしての愉悦、快感みたいなものは、グループアイドル稼業を生業としている各メンバーにはあるんだと思うんです。いわゆる「ソロ志向」というものとはまた別個のものとして、立派な目立とう精神というか、プロのアイドルさんには誰にもあるものと信じたい。
「美しくってごめんね」には何公演も足を運んでいますけど、ピンポイントで印象的だったのは、5月3日(木・祝)に中野サンプラザで行われた夜公演。ゴールデンウィーク後半戦の初日、18列目から観ていてとても楽しかったライブ終盤のこの日この公演の「君チャリ」は、なんというかこう、いつも見ているものとパッケージは同じはずなのだけど、なぜだか俄然、なんらかのタイミングというか空気的なものがバチッと一致したというか、もう超よかったんです。
僕の視界がパッと開けた、というべきか、これまで℃-uteというまとまった1つのユニットとして全体を見ていたはずが、このときの「君チャリ」は、独立したソロボーカリスト1人1人が、きっちり各個人としての個性を際立たせながら凛然とステージに立ち、それぞれの確たる世界観を築いて力強いボーカルを届けているように感じられた。ユニットでありながら、オールスターメンバーにも感じられる5人が歌声を轟かせることの、なんとたくましく心強いことかと。単純に歌のパワーだけに打ちのめされて、涙腺にウルッときてしまいました。
また嬉しいことに僕の気持ちに呼応するかのように、アンコール最後の曲が始まる前のMCで、岡井ちゃんが

岡井:今日は「君チャリ」を歌いながら「ライブ終わらないでほしいな」と思いました。

みたいにたしか述懐していた気がします。これはメモとか取ってないのできっちりした言い回しは記憶の彼方なのですが、最後のMCで岡井ちゃんがこの言葉を発したのは少なくとも僕が見た公演の中ではこのときだけだったので、ほんとに会心のパフォーマンスだったのだろうと思ったものです。
「君チャリ」での歌唱はこの公演に限らず、今回のツアーで一貫していちいち本当にすばらしい。メンバー2人のユニゾンが次々と入れ替わっていくパート割りには、それぞれの声の重なり方に特徴を見出すことが可能なのですが、特に鈴木愛理岡井千聖ペアのパワーボーカルのユニゾンないしハモリは凄絶極まりありません。2000人規模のホールの壁をたやすくぶち破るほどの圧倒的な迫力がビンビン感じられて、いつも口あんぐり開けながら聞き惚れています。そんなふうな進化をいつの間にか遂げてしまっている「君は自転車 私は電車で帰宅」。オススメです!